Korea

2006.11.16

「弓」ー 神話あるいは通俗の極致

久しぶりに韓国映画を見た。キム・ギドク監督の「弓」。
「鬼才」とか「異才」と言われるこの監督の名前は聞いたことがあったけれど、作品を見るのは初めて。たいして宣伝もしていないし、地味な小品かと思ったらとんでもなかった。

主要登場人物は老人、娘、青年の3人。
陸の見えない沖合に浮かぶおんぼろの釣り船に暮らす老人と娘。老人は弓の達人で、弓を楽器として奏でることもする。
ふだんは都会の釣り人をエンジン付きの小舟で連れてきては釣りをさせ、時には乞われて占いもする。 その占いとは、船の甲板から張り出した腕木にブランコをつり下げ、そのブランコを娘が漕ぐ。船の胴にはなにやら仏画のようなものが描かれており、老人は小舟で少し離れたところまで行き、その仏画めがけて矢を射るのだ。揺れる釣り船、揺れる小舟、揺れるブランコ。ちょっとでも矢がそれたら、最愛の娘に刺さってしまう。でも、老人が失敗することはない。
娘は老人の血縁ではなく、10年前、6歳の時に拾われてきて、そのままこの船から一歩も出ることなく過ごし、17歳の誕生日に老人と結婚することになっているという。

船室の壁のカレンダーのある日付が赤のフェルトペンでハートに囲まれ、「結婚」と書かれている。老人は客を連れて帰るたびに町で日用品を買い込んでくるのだが、密かに婚礼衣装なども買い貯めている。釣り客たちが娘にちょっかいを出そうものなら、容赦なく弓で威嚇。娘と老人の間に言葉はない。見交わす視線と微笑と握りしめる手があるだけ。 結婚の日は日一日と近づき、蚕棚の上と下に作られていた簡素な寝台を取り外し、二人並んで寝られるように改造する老人。

もう、このあたりで、あー、なんてイヤな設定だろう、少女監禁の上に勝手に結婚かよ、とゲッソリしている。話は青年の登場により、二転三転してはらはらさせるのだが、結局、二人は結婚式を挙げることになる。おー、ヤダヤダ、なんてイヤな話なんだ、もう、こんな映画見るんじゃなかったとずーっと後悔していたのだけれど。

見終わってみると、何か突き抜けたような感覚。意外にも、そんなに嫌悪感は残っていないのである。 でも決して好きではないし、感動とはほど遠い。こういう抜け方をしたか・・・みたいなあっけにとられる感じ。

これがキドク流なのか。好き嫌いのわかれる映画だろうなあ。私もとってもイヤだと思う部分があったのだが、独特の美意識に貫かれているってこともよくわかる。そして、見ながら感情や価値観を揺すぶられた分、後から揺り戻しのように別の感情がつぎつぎ湧き上がった。不思議な余韻の残る映画であった。
以下はネタバレ。

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2006.03.08

力道山

ソルギョング熱演!の一言につきますね。
私の年代以上の日本人なら誰でも知っているプロレス界のヒーロー力道山の生涯を描いた日韓合作映画。監督・脚本は1964年生まれのソン・ヘソン。主演は「オアシス」のソルギョング。

私の家では1960年代のはじめに白黒テレビを買った。近所にはまだテレビのない家もあって、お向かいのおばさんが歌舞伎中継の時間になるとうちにテレビを見に来たものだった。当時、私の父はプロレス中継をけっこう見ていたように思うが、私自身が興味を持って見ていたわけではないので、プロレスシーンそのものの記憶はない。でも、プロレスといえば、力道山。力道山といえば空手チョップ。力道山の人気は子どもたちの間でも圧倒的だったのは確かだ。力道山が赤坂のクラブで暴漢に刺されて死んだのは1963年12月。同じ年の11月にケネディ大統領が暗殺された日のことは今も鮮明に覚えているのに、力道山の死のことはぼんやりとしか記憶にない。
そんな力道山のことをあらためて知ったのは、ロバート・ホワイティングの「東京アンダーワールド」(2000)を読んでからである。

力道山が朝鮮半島の出身で金信洛という名であることは生前はほとんど知られていなかった。というよりも、巧妙に隠されてきたと言っていいだろう。長い間、長崎県出身の日本人百田光浩ということにされてきた。「東京アンダーワールド」によれば、朝鮮生まれであることを初めて活字で公表したのは1973年の牛島秀彦の『もう一つの昭和史(1)深層海流の男・力道山』であるという。
この映画は彼が朝鮮人として差別を受けてきたことをまっこうから取り上げているので、敗戦後の日本人に勇気を与えたヒーローという一般に流布された力道山像を訂正するものかもしれない。しかし、「東京アンダーワールド」に描かれたような闇社会とのつながりなど、真のダークサイドはほとんど描かれていない。むしろ、民族差別に打ち勝った朝鮮人の偉業と悲劇的な末路というわかりやすい(そして韓国人や朝鮮人の観客には主人公に肩入れしやすい)物語になっている。
映画の最後には「この作品は史実を参考に、内容には独自の解釈による創作を加えて制作されています」という断り書きもつくのだが、まあ、力道山の二男である百田光雄氏が「映画はフィクションの世界ですし」というコメントを寄せているように、それはそれでいいのだろう。

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2006.02.22

僕が9歳だったころ

久しぶりに映画館で泣いてしまいました。ラストシーンにポロポロ。エンディングの歌の歌詞にグシュグシュ。エンドロールが流れる中で目をゴシゴシ。

公式サイトに書かれたキャッチフレーズは「少年少女版”冬のソナタ”」。
なんでもかんでもあの大ヒットドラマに結びつけるのはどうかと思うけど、でも、私も見ながら、「10 years before ”冬のソナタ”ってとこかな・・・」なんてことを思っていたからなあ。冬ソナを彷彿とさせる要素も随所にあり(ソウルから来た転校生とか、ゴリラというあだ名とか、ちょっとしたことから起こる行き違いの数々とか、女性ピアニストとか、冬の日のマフラーとか・・・)。でも、そんな先入観持たずに見た方がいい。世の中の理不尽さを、人生の機微を見つめる9歳の視線。私のココロのツボを気持ちよーく押してくれるのは、巨匠の大作じゃなくて、こういう小品なのですね。

時は1970年代、ヨミンは9歳の小学校三年生。今にも崩れそうな陋屋に両親と妹と住んでいる。夏休みには親に内緒でアイスクリーム売りのバイトもした。事故で片目を失明した母にサングラスを買ってあげたくて、お金を貯めているのだ(隠し場所は味噌などを入れる大きな瓶の中)。
夏休み明け、ヨミンはやんちゃな仲良しの男の子ギジョンと女の子クムポクと一緒に登校する。途中、因縁をつけてきた上級生と林の中で一騎打ち、腕力では一目置かれる存在だ。
でも、宿題の相互カンニングが担任にバレて、3人は両手を上に上げ、口には片方の靴をくわえるという屈辱的な姿で廊下に立たされる。そこに現れたのはソウルから転校してきた美少女チャン・イルム。
彼女はその美貌とお嬢様然とした言動から、クラスの注目の的。ヨミンやギジョンも彼女に一目惚れ。クムポクにはそれが面白くない。だから、ことあるごとにイルムを目の敵にする。

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2005.05.11

大統領の理髪師

pre久しぶりに韓国映画を見ました。面白いという評判を聞いていましたが、期待に違わぬ内容に満足。お人好しで単純、ちょっとおっちょこちょいなところもあるけど誠実な市井の人を演じたソン・ガンホ、うまい俳優ですねえ。
それにしても、私自身が韓国人俳優の名前と顔をちっとも覚えていないことにはあきれてしまう。
家に帰ってきてから、公式サイトをチェックしてみてびっくり。
主人公の妻を演じ、いきなりわーわー泣き出したり、ふがいない亭主に感情を爆発させたり、という迫力ある演技に感心しつつ、はて、どこかで見た顔だと思っていた人は、『オアシス』のムン・ソリでした。
床屋の従業員でベトナム戦にも従軍した兄ちゃんは、『冬のソナタ』で、ユジンの高校時代からの仲好しグループの1人、獣医のヨングク役のリュ・スンスだった。
言われてみたら、そうだそうだそうだとわかるのに、見ているときはまったく気づいていなかった。

1960年、不正選挙によって再選を果たした李承晩が失脚し、朴正煕政権が生まれる。そして、1979年の朴の死による政権の終焉までを、大統領の理髪師であった一市民の目を通して描く。
理髪師のソン・ハンモは、田舎から出てきて理髪店の見習いをしていた娘に手を出して妊娠させてしまい、当時の政治用語「四捨五入」を「妊娠5ヶ月に達しているなら生まねばならぬ」といった屁理屈に応用させて、彼女と結婚する(妻を演じたムン・ソリのインタビューによると、この妻は、田舎者丸出しの方言でしゃべっていたらしい)。
子どもの名づけに儒学者を訪ね、強くたくましく出世するが短命かもしれない名前と、貧しくとも安寧に長生きする名前を示され、後者である楽安(ナガン)を選ぶ。ナガンは、不正選挙に反対する学生運動のデモの最中に誕生。平和な名を授かったにもかかわらず、激動の政治との因縁に満ちた彼の人生が始まる。
ハンモの理髪店が大統領官邸青瓦台のある孝子洞にあったことから、大統領の理髪師となり、心ならずも政治の世界の舞台裏を垣間見ることになる。北朝鮮からのスパイ事件に端を発した庶民へのスパイ調査、拷問、処刑など、これに類したことが実際にあったのだろうなあと背筋が寒くなるが、そのなかでもちょっとマヌケな側面を描き出すところがこの映画のうまさだ。
李承晩から朴政権へ、そして朴大統領の側近の間の対立と暗殺事件、全斗煥の軍事政権成立までの韓国現代史をきちんとなぞりながら、庶民の暮らしや感覚のディティールをていねいに描き、しかもちゃんと笑わせるツボも押さえている。
監督はこれが長編第一作というイム・チャンサン。韓国映画界の才能って底知れないですね。

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2004.11.29

結婚の贈り物

イ・ジョンファ監督の2003年作品。11月26日〜28日の「女たちの映像祭・大阪2004」で上映されたもの。
この映像祭は今年は第2回なのだが、残念ながら私はその前の2002年の時はこの催しの存在すら知らなかった。今回も、十分に広報されていたとは言えず、他では見られない日本初公開の映画がたくさんあったというのに、私の見た回はとても観客が少なかった。もったいないとしか言いようがない。今回は、3日間にわたり、日本、韓国、台湾、香港、ドイツの女性監督がつくった12作品が上映された。その中のひとつ、この『結婚の贈り物』は、韓国の女性が日本の夫婦茶碗を通して日本文化を見るというテーマで、以前から夫婦茶碗に興味を持ってきた私はとても興味があった。結局、これを見るために仕事をひとつ休みにして(その代替としてクリスマスイブに仕事をすることになった)、会場にかけつけた。

監督のイ・ジョンファさんは、韓国の生まれで、日本生まれの在日韓国人の男性と結婚している。そのふたりの結婚のお祝いに、日本人のキャリアウーマンの女性から大小のサイズの違う夫婦茶碗が贈られた。男性用は青、女性用は赤で、大きさの違う夫婦茶碗。彼女は、韓国では見かけないこの夫婦茶碗に違和感と同時に関心を持つ。そこで、日本に出かけ、夫の家族をはじめ、若い独身の働く女性たち、浅草の土産物店の店主、夫の親しくしている日本人夫婦、日本語学校の講師、義母の営む焼肉店の常連客の中高年女性たち、日本人と結婚した台湾人女性、日本人と結婚し、離婚したネパール人女性、離婚経験のある珈琲店主、その店に集まる女性、元リブの陶芸家といったひとびとにインタビューを重ねる。そこで語られるのは、夫婦茶碗をどう思うかということだけでなく、男の子は黒、女の子は赤というランドセルの色分けや、結婚による改姓、働く場での男女差、夫と妻を意味する「主人、家内」という言葉、外国人の目から見た日本人、などなど多岐にわたる。珈琲店に集まる客の中には、映画監督の篠田正浩氏の妹で服飾デザイナーの篠田さんという方も登場する。そういった日本語によるインタビューの映像の間に、繰り返し挟まれるのが贈り物として受け取った青と赤の夫婦茶碗の映像、そして戦後の韓国のモノクロのニュース映像。
見ていて非常に印象深かったのは、大小のある夫婦茶碗に真っ向から違和感を唱える日本人はほとんどいなかったということだ。この映画の登場人物の中で「NO」を言った人は、イ・ジョンファ監督本人を除くと、最後の方に出てきたリブの陶芸家だけではないかと思う。贈り物として贈った若い女性も「日本的でよい贈り物」と考えているし、監督の夫の友人の伊藤さんご夫婦の場合は、妻の方が自分で夫婦茶碗を選んで買ってきたと説明する。若い女性たちばかりでなく、他の面では、とてもリブ的な発言をするハワイアン・フラの先生や篠田さんも夫婦茶碗は肯定していたのは、ほんとうに意外だった。
また、土産物屋の主人のように夫婦茶碗は「昔々からの伝統」と説明する人が多い中で、イ・ジョンファさんが「実は新しいもので、1970年代にできた」と言うと、みんなびっくりする。
まあ、単純に「1970年代にできた」というのにもやや問題があるのだけれど(結婚式場が顧客の依頼に応えて作ったのが70年代らしいというだけで、その根拠を明確に示していない)、でも、日本人が、かくもやすやすと「昔から」「身体の大きさに差がある」という論理で、夫婦茶碗を自然なものとして疑いもしないことにはびっくりしてしまう。それにしても、いろいろなインタビューに応える人々がとても自然な会話の形で自分の思っていることを語っていてるのにも感心した。たぶん、出演以来の前に、いい人間関係をつくって、それから撮影に臨んだのだろう、ということが感じられた。監督の人徳?監督がおぼつかない日本語を話す外国人女性だったということもプラスに働いているかもしれない。また、時折挟まれる韓国のニュース映像は、必ずしも映画の主題と関連があるとは思えないものが多く、いったいどういう意味があるのか、よくわからなかった。しかし、インタビュー映像の合間にこういったモノクロの古いフィルムが挟まれることで、画面の切替にリズムをつけるという効果はあったかもしれない。

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2004.11.15

祝祭

1996年の韓国映画。監督イム・グォンテク(林權澤)。主演アン・ソンギ(安聖基)。ビデオで見ました。
イム・グォンテク監督といえば、『風の丘を越えて〜西便制』(1993)で有名な韓国映画界の第一人者。フィルモグラフィーを見ると、私がずっと前に見た『チケット』(ホステスもの?)とか、『シバジ』(両班の家で男系子孫を得るために代理母を務めさせられる女性の話)といった80年代の映画もこの監督の作品でした。

作家のイ・ジュンソプ(アン・ソンギ)の母が亡くなり、一族が葬儀のために集まるところから話が始まる。ジュンソプの母は、若くして夫を失い、女手一つで7人の子どもを育て上げ、晩年は心身共にかなり弱っていた。ジュンソプは家族を題材に多くの作品を書いてきた作家で、葬儀には親族や地域の人々ばかりでなく、出版関係者、彼を慕う若い女性編集者などもやってくる。もう一人の招かれざる客は、死んだ長兄が酒場の女とのあいだに作った娘、ヨンスン。彼女は、幼少時に長兄の家族に使用人としてこき使われた経験があるが、亡くなった祖母との間には暖かい感情の交流があった。一族の女たちは、弔問客をもてなすための料理作りに追われ、男たちは飲んだくれる。葬儀のなかで、とりおこなわれる儀礼の数々が字幕つきで簡単に説明されるが、日本とはかなり習慣が違うので、その文字だけを見てもどういう意味があるのかはあまりよくわからない。しかし、こういった手順を踏んで、葬儀がおこなわれるのだということだけはよくわかる。葬式に来たくせに釣りに出かけ、その釣り船の上で「孝行とは何か」をぶつ男、地元の男たちにとってはタダ酒にありついて、儀式の間の待ち時間は賭場のご開帳。あげくのはてに、わざわざ呼んできた歌い手は酔いつぶれて歌えず、代役が立てられ・・・。ジュンソプは、作家デビューのきっかけとなった文学賞を受賞したとき、ヨンスンからの借金の申し出を断ったことがあった。失意のヨンスンは「自分のことだけは小説に書いて金に換えることを許さない」と言って去った。以来、その言葉を守り、ジュンソプはヨンスンのことだけは書かずに来たのだった。ジュンソプが母と自分の娘ウンジの交流を描いた童話が劇中劇として挿入されるが、葬儀の終わりに編集者に手渡されたその童話を読んだヨンスンははりつめていた思いが溶けたかのように涙を流す。晩年の母の処遇を巡って、ヨンスンのふるまいにたいして、いがみ合っていた女たちも、いつしか暖かい表情を取り戻し、一族の記念撮影にヨンスンも加わるよう促すのだった。

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2004.10.04

子猫をお願い

前から見たいと思っていた韓国映画、『子猫をお願い』の上映が京都でも始まって、先週、ようやく見にいくことができた。個人的に、今年のベストかもしれない。
舞台は、国際空港でその名を知られ、2002年の日韓共催サッカーW杯では会場の一つともなったソウル近郊の都市、仁川(インチョン)。主人公はそこの商業高校を卒業した仲良し5人組。卒業から1年、父親の経営する麦飯石サウナの店を手伝いつつ、四肢に障害のある詩人の詩のタイプのボランティアをするテヒ。ソウルの証券会社のOLとなったヘジュ。屋台で手作りのアクセサリーを売る中国系の双子のオンジョとピリュ。今にもくずれそうなバラックに祖父母と住み、デザイナーを夢見るジヨン。それぞれ、社会に一歩踏み出したとたんに直面するさまざまな現実。高校時代にはあれほど屈託なく仲のよかった彼女たちも、置かれた境遇の違いから、徐々に気持ちがすれ違い始める。とりわけ、底辺に近い暮らしを余儀なくされているジヨンと、上昇志向の強いヘジュの関係はきしみ始めていた。ヘジュの誕生日を祝って久しぶりに集まった5人。貧しいジヨンは、自分がひっそりとかくまっていた子猫をヘジュにプレゼントするが、後日、それはつき返されてしまう。2人の気持ちのずれに気づいて、必死になって修復しようとするテヒ。ヘジュにしても、一流企業に就職したとはいえ、商業高校卒という学歴ゆえに、職場の中では低い地位に甘んじなくてはならず、自分なりに生き残りの道を探していた。
終盤、ほとんど出口がないような悲惨な運命にさらされるジヨン。ジヨンの子猫は今度はテヒに託される。テヒ自身も、あまりに旧弊な父から逃れたい一心で家出を企て、子猫は双子のオンジョとピリュの元へ。ジヨンとテヒが自由を求め、自力で飛び立とうとするラストがまぶしい。
どこにでもいそうな等身大の女の子たち。大恋愛も華々しいサクセスストーリーもなく、日常の中でぶつかるさまざまな女の子の「闘い」を丹念に描く。誰もが必死で生きている。切なくなるくらいに。今の日本のドラマや映画にはないものがここにあるとしたら、それは、この生きることの切実さ、といったものかもしれない、と思う。
たしかに、職もなく、バラックに暮らすジヨンは、どうやって生計を立てているのか、あんなに貧しいのになんで新しい服を着てるのか、なんてところはあるけれど、バスの中の物売りとか、真夜中の鮮魚処理場で働くおばさんたちとか、そういった生活の断片の描き方がとってもリアル。そういうリアルな生活感がにじみ出ているがゆえに、彼女たちの存在もとても身近に感じられる。バラックに住むジヨンを訪ねてきたテヒにひたすら手作りの饅頭をさしだすジヨンの祖母。ヘジュに「英語ができるなら、夜学で学位を取ったら?」とステップアップの道を示唆する女性上司。主人公たち以外の女性の描き方にも監督の意図が感じられる。
そして、これは多くの人が指摘するところだけれど、映像の中にメールの文字を浮き出させたり、街中の電光掲示板、空港の発着便表示などを使ったりしたタイトルバックやエンディングのテキストの処理が実に鮮やかで、映像としてとても洗練されたセンスを感じる。流れるように画面に現れるハングルの文字を見ながら、ああ、これが読めて、意味がわかったらいいのになあと思った。監督のチョン・ジェウンはまだ30代の女性、こういう映画を作り出す韓国映画界のパワーと可能性に唸ってしまう。私も徐々に「韓流」に惹かれ始めているようです。(以下は蛇足です)

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2004.06.17

オアシス

丸刈りの痩せた男がバス停でバス待ちの人にタバコをもらって吸う。雑貨や駄菓子を売る店で「豆腐はないか」と聞くが、店番の女性に追い出される。ようやく別の店で手に入れた豆腐、各辺が10cmくらいありそうな立方体の堅い豆腐を手づかみのまま、なにもつけずに、むさぼり食う。そんなに豆腐が好きなのかなあ。すると、店の男が「これも飲みながらゆっくり食え」と、パックの牛乳を渡す。もらって飲みながらにやりと笑って「ヘテ牛乳ないの?」と無邪気に言う男。つぎにはいった飲食店で無銭飲食を通報され、警察に連行される。「お前は前科者だな」という警官。ここで、観客は彼がムショ帰りであることを知る・・・。でも、それは日本人の見方。
映画を見ているときは、最初の豆腐を食うシーンの意味はわからなかったのだけれど、見終わってから公式サイトを見て、20「へぇ」くらい驚いた。韓国では刑務所から出たら豆腐を食べる習慣があるそうなのだ。だから、韓国の観客は、主人公が豆腐を求めるシーンで、あ、この男はムショ帰りだと即座にわかる仕掛け。しかも、それを用意してくれる家族もいないような境遇であることを語っているというのだ。ううーん、なんと奥が深いんでしょう。豆腐一つ食べるシーンに、こんな意味がこめられていたなんて。

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