exhibition & event

2015.07.24

また講演会

2004年6月12日の記事の再録(一度消してしまったため)

性懲りもなく、追っかけ根性丸出して、また池澤夏樹さんの講演会+鶴見俊輔さんとの対談に行ってきた。
今回のテーマは「池澤夏樹さんと語る十年後の日本と世界」という政治的スタンスがかなりはっきりと出そうなもの。主催はこの会のために結成されたという京都の学生中心の団体で、反戦・平和運動関連のところで広報活動がされたらしく、聴衆は学生からかなり年配の方までいろいろ。あきらかに左派に思想的に共鳴する人たちの集まりであったと思う。

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2015.07.23

講演・対談:十年後の日本と世界

これも2004年の記事

池澤夏樹・鶴見俊輔 2004.6.12 京大会館

はじめに、主催団体「座・さばに」より今日の講演会の趣旨の紹介がありました。この団体はこの講演会を実行するために作られたもので、おもな構成メンバーはイラク反戦の運動を契機に集まった京都のいくつかの大学の学生グループだそうです。また、池澤さんを講演者として推薦されたのは、この会のメンバーでもある鶴見俊輔さんだったそうです。鶴見さんから「池澤さんは今日、明日だけではなくて未来の見られる人、そして外からの目を持って日本を見られる人である」という推薦の言葉がありました。続いて池澤さんの講演が始まりました。

十年後を語る

十年後を語るということは、予言をするということですが、これは十年経てば、当たりはずれがわかります。でも、十年後、自分はここにはいないかも知れないし、また、皆さんはここでぼくが何を言ったかを忘れているかも知れない。ですから、今日は自己抑制せずに言いたいことを言おうと思います。
今日、ここに集まられた皆さんは、現政権に必ずしも賛成していないか、あるいは反対している、そして、心の底から憲法改正したいとは思っていない、そういう方が多いのではないかと思っています。でも、ぼくはここでそういう方たちを前にして、「さあ、皆さん、いっしょにがんばりましょう」とは言いたくないんです。
そのかわり、まず、何がどうなっているのか、それを見ていきたい。

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2005.02.26

古代エジプト文明3000年の世界

京都文化博物館で開催中の古代エジプト文明3000年の世界展を見に行った。
古代エジプト文明ってなにか人を惹きつけるものがあるのだろうか。土曜の午後であったこともあって、会場はいっぱいだった。とくに、エジプト旅行の思い出などを語り合いながら見ている中高年の方が多いように思った。
子ども向けにもいろいろと工夫を凝らした催しがされていた。エジプト風の衣裳を借りて、身につけながら会場を回ることができる。ミイラの入っていた棺桶のレプリカもあって、その中に収まって記念撮影することもできる。クイズラリーに参加すると、抽選でエジプトの砂がもらえるというのも子どもの興味をひくいい仕掛けになっていて、ラリーシートをみながら熱心に見ている親子連れも目についた>わが家も。

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2005.02.14

マルセル・デュシャンと二十世紀芸術

先日(14日)、神奈川県まで行ったついでに横浜市美術館に立ち寄って、この展覧会を見てきた。
ほんとうは、ついこの間(12月)まで、大阪の中之島に移転した国立国際美術館で開かれていたのだけれど、近いところにあるといつでも行けると思うのがかえって落とし穴。そのうちと思っているうちに会期が終了してしまっていたのだ。それが今、横浜に移って開催中ということを知ったのはえこまさんのおかげ。そして、今回、ちょっと遠回りでも是非見て帰ろうと思ったのも、彼女が何日にもわたってこの展覧会を熱く書き綴っているのを見たおかげでもある。Thanks。

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2005.02.02

草間彌生展 永遠の現在

Kusama_01京都で久しぶりの大雪の降った日、京都国立近代美術館で開催中の「草間彌生展 永遠の現在」を見に行ってきた。
去年、東京での展覧会を見に行った友人がとてもよかったと話していたので、わくわくして見に行った。
美術館の近くの画材屋さんに立ち寄ったら、「きょうは雪だから展覧会も空いているでしょう」と言われたけれど、その通り。日曜日などは中で行列ができるほどの人気らしいので、こんな日に出かけたのは正解であった。

3階の入り口がカボチャの部屋。黄色と黒のドットで彩色されたカボチャ、カボチャ、カボチャ。
その次が、《Infinity Mirrored Room 信濃の灯》と題された鏡を張り巡らせた部屋。自分が6面の万華鏡の中に入ってしまうとどうなるか?どの壁からも自分の姿が迫ってくる。その内部にはもうひとつ鏡張りの小部屋があって、台の上に立ってのぞき込むことができる。そこでは色とりどりの無数のランプが点滅して、また別の世界を作り出していた。

次が1950年代の水彩画。20代の初めの頃にすでに網目や水玉のモチーフがあらわれている。というよりも、もっと驚くのは小学校5年生の時の鉛筆書きの肖像画。彼女は幼いときから幻覚や幻聴があったということだけれど、その絵でも顔や着物や背景をびっしりと斑点が覆い尽くしているのだ。

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2004.08.15

食べられる服

pain.jpg
昨日は、ある美術館で開かれていたゴルチエの展覧会を見に行きました。あの服飾デザイナーのジャンポール・ゴルチエですが、パンで作った服を披露するというもの。ゴルチエらしく、食用色素を混ぜて黒い縞とか渦巻き模様の入ったパンもあったけど(しかもそれは会場の片隅で売っている)、ほとんどはふつうのフランスパンの生地を使って焼いたもの。パン生地を使って人間の形を焼いたのもありましたが、ドレス各種、バッグや帽子といった小物も。ラングドシャを鱗のようにつなぎ合わせて作ったドレスは、電気仕掛けで動かして、鱗がさらさらと揺れるさまをみせていた。印象的だったのは会場のにおい。一歩はいったらパンを焼くいい匂いにつつまれる。実は、吹き抜けの1,2階と地下が会場なんだけど、地下にプロフェッショナルなパン焼き工房がつくられていて、絶えず、なんかのパンが焼かれている。
pain2.JPGそれを一階の会場でも売っているというわけ。このごろは、音の出る仕掛けのある美術作品もあるけれど、嗅覚に訴えてくる展覧会は初めてだ。それから、「手をふれないでください」とあるだけでなく、「食べないでください」という張り紙のある展覧会というのも。

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2004.06.15

多みんぞくニホン展

この記事を見て、会期が今日までだということに気づいて、あわてて民博に行くことにした。
会場にはいると、壁に明治維新以後の日本人と他民族の交流の歴史年表が描かれている。沖縄、北海道のアイヌ、朝鮮半島や満州、そして「南洋」とよばれた太平洋の島々の統治のことなど。つい最近、日本統治時代に覚えた歌を歌うミクロネシアのお年寄りのビデオを見たばかりだったので、日本によるミクロネシアの占領が1914年に始まったことなどを確認した。年表を念入りに読んでいると、やけに大声でしゃべっている人がいて、その声だけで、民博をすでに退官されたK先生だとわかってしまう。「こんにちは。どこかで聞いた声だと思ったら、やっぱり先生でしたね。今日までだというのであわてて来たんです」「ぼくもなー、キョーコちゃんにおせえられて、来たのよ」(キョーコちゃんて誰やねん、ま、誰でもえーけど)「そうですか」「やっぱ、こういうの見とかんと恥ずかしいよなあ」「はあ、そうですねえ」
恥ずかしい、という感覚はなんとなくわかる。学者として、それも民族学を専門とする学者として、足元の民族問題だから。知らないというのは許されない、という。
在日コリアン、中国人、ベトナム人、フィリピン人、ブラジル人などの生活や祭を紹介する展示物と、「在日外国人」としてさまざまな法的な規制、あるいはあからさまな差別にあっていることを示す資料と。
「外国人不アキマセン」と書かれた不動産広告、すでに有名になった北海道の銭湯の「外国人の入浴禁止」の掲示など、ほんとうに日本って、外国人にとって住みづらい国。もっとも、白人の欧米人ならいろんな特権を得ていたりもするわけだけど。ベトナム人の子どもの書いた日本語の作文にちょっとしんみりした。
ここで取り上げられた人々は、在日外国人としては人口も多く、一大勢力を作りつつあるわけだけど、これから問題になるのは、やっぱり、もっと小さな民族集団、あるいは日本との共通性の低い、日本にとっての異文化度の高い国々からの流入者ということになるだろうなあ。ここに出てくる成功した人々だけじゃなく、いろんな人をひっくるめた外国人の存在を認めざるを得なくなる、そんな社会のありようについて池澤さんの話を聞いたばかりだったこともあり、いろいろと考えさせられた展覧会であった。
展示場を出たところの売店で、タイの木製のカエルを衝動買い。背中のところがデコボコになっていて、そこを木の棒でこすると蛙の鳴き声みたいな音が出るんですよ。

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2004.06.13

大山崎山荘美術館へ

tzk_pict_left.gifパソコン通信時代のフォーラムFBUNKAのメンバーたちと、大山崎にある大山崎山荘美術館で開催されている「通崎好み」という通崎睦美さんのアンティーク着物コレクションを見に行った。
梅雨入りしたというのがうそのような晴天、メンバー5人とうちの子どもも連れて、山の中腹にある美術館へ。
トンネルをくぐってはいる入り口のあたりが、映画『ツィゴイネルワイゼン』に出てきた鎌倉の切り通しを思い出させる(もっと小規模ですが)。木立の中にひっそりと立つ山荘。その建物のたたずまいがまず、落ち着いた雰囲気。
そして、マリンバ奏者であり、エッセイストでもある通崎さんの着物と和装小物コレクションの展示を見る。この建物の建てられた時代には、こんな着物姿の人が出入りしていたのかも。
マリンバという西洋楽器(起源はアフリカ?)の音楽家である通崎さんが着物通である謎はすぐにわかった。ご実家が京都の和装品のお店だったのだ。きっと、幼いときから和装関連のものに囲まれて暮らし、いつのまにか、感覚を磨かれていったのに違いない。あちこちに彼女のエッセイからの抜粋がパネルにして掲げられていて、その歯切れのよい文章から彼女の人柄を想像したり。
この建物自体は、関西の実業家によって建てられてたもので、1990年代に京都府の荒巻知事の依頼を受けてアサヒビールが手入れし、企業メセナとして安藤忠雄の新館をつけ加え、新旧両館の美術館として公開しているもの。
新館には、モネの睡蓮の絵と、戸矢崎満雄さんのボタンをつかった作品が展示されていた。このボタン作品には惹かれてしまった。私もボタンが好きで、服を捨ててもボタンだけ捨てられずに取っておいたりする。戸矢崎さんのボタンコレクションはなんと30万個というのだからケタ違い。その色の違うボタンを同心円状に並べた作品は、ローマ時代のモザイクのようだった。
この地は京都と大阪にはさまれた天王山の中腹にあって、これほど都市の近くにありながら、緑に囲まれ、山荘の名にふさわしい。テラスから見下ろす景色は、ちょうどこんもりと茂った庭木が目隠しとして開発された地区を覆い隠して、桂川、宇治川、木津川の合流地まで、そのまま緑が続いているような印象を与える。
テラスでビール(私はコーヒー)を飲んだり、ケーキをいただいたりしつつ、どこへ行くとも知れぬFBUNKA独特のおしゃべりが続く。
お昼頃、解散して、私は子どもと帰途についたけれど、何人かは大山崎町歴史資料館にも足を運ばれた。

この日の参加メンバーの一人、maruyamaさんの大山先山荘美術館訪問の記事歴史資料館訪問の記事
大山崎山荘美術館のサイト

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