diary

2009.12.12

竹筒飯のもう一つのタイプ

竹筒飯をキーワードに画像検索すると、たくさんの写真がヒットする。
漢字がキーワードのためか、台湾の写真が多いが、中国南部の少数民族地帯のもある。
台湾の場合、圧倒的に「先住民族の伝統料理」という扱いで観光地で売られている事例だ。少ないながら、日本や韓国の例も。日本や韓国で料理屋さんで出している竹筒飯は、細長い竹筒で炊いたものというより、太い竹筒をカップのように切って容器としている茶碗蒸し風のもの。台湾にもこの茶碗蒸しタイプの竹筒飯があった。
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2009.12.11

竹筒飯

2年前の12月のタイ。
首都バンコクから東部にある農業関連の研究機関に向かう途中、道端で竹筒飯を売っていた。車を止めて、いくつかを買い求めた。
竹筒にモチゴメを入れて、竹筒ごと火にかけて炊飯したもの。焦げた竹筒の外側はそぎ落としてある。食べるときに竹筒を開きやすいよう、叩いて割れめを入れてから渡してくれた。Photo_3
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Photo_5竹筒の中でもっちりと炊きあがったおこわはなかなかおいしい。
いつ頃から作られているものなのか知らないが、モチゴメを食べる習慣があって、竹が容易に手にはいるところなら、どこでもありそうな気はする。
インドネシアでもっと長い竹をつかって、焚き火で炊いている写真を見たことがあったけれど。
今年の春に台湾に行ったとき、一つの目的はこの竹筒飯を見てみること。
台湾の北部にある観光地、烏來で売っている竹筒飯は、どんな竹を使っているのかと聞かれたけれど、竹の種類に詳しくない私には見当もつかない。でも、とりあえず、台湾の竹筒飯がどんなものなのかは、知っておいても悪くはないと思った。

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2006.08.26

ニュージーランドのサッカー

Nz00ニュージーランドでサッカーを見てきました。
2003年にニュージーランドに行ったとき、「サッカーが見たい~~~」と思っても、どこにどんなチームがあって、いつどこで試合をやっているのかなんていう情報は全然手に入りませんでした。
近くにすごくかっこいいスタジアムがあるけど、ラグビー専用なんだろうな・・・って感じでした。
それが、今年は違ったのです。
ニュージーランドにもプロのサッカークラブができて、たった1チームですが、去年始まったオーストラリアのリーグに参加し始めていました。その名もHyundai A-League。たぶん、オーストラリア人もニュージーランド人もヒュンダイとかヒュンデイとか発音してると思いますが、本当は韓国の「現代」はヒョンデと発音するらしい。まあ、誰もヒョンデとは呼ばないであろう、ヒュンダイAリーグ。その中の唯一のニュージーランドのチームのホームスタジアムがこのノースハーバースタジアム。おりしも8月末のシーズン開幕に向けて、毎週のようにプレシーズンマッチが行われておりました。これは見に行くっきゃない。
初の「海外サッカー」観戦です。この写真はメインスタンドを裏から見たところ。表から見るとアーモンド型のアーチ状の屋根が美しいです。バックスタンド側にも座席はありますが、いわゆるゴール裏は芝生だけ。観客は全員メインスタンドの席に着席。値段は一人25ドル(2000円くらい?)。お子様サービスデイで子どもはタダでした。
Nz01本日の対戦カードは、ここをホームとするニュージーランド・ナイツと西オーストラリアのパース・グローリー。
電光掲示板にはチームの名前とスコアだけ。メンバー表も何も出ない。正式のリーグ戦じゃないからマッチデイプログラムなんてものもない。だから選手の名前がわかりません。資生堂の名前ばっかり目立ちます。
小雨の中、試合が始まりました。
黒のユニホームがナイツ、白がパース・グローリーです。
ピッチの外に出たボールを拾って、新しいボールを渡す役目のボールボーイは、ここでは全員ボールガールでした。みんなおそろいの青い上下を着て、雨の中、じっとコートの周囲に立っていました。
もうひとつ、テレビカメラのクルーが二人一組で二組来ていたのですが、そのうちの一組は二人とも女性でした。
観客は大人の男性と、子連れの家族(お子様デイだったからか?)が目につきました。若者のグループも少し。でも、派手な格好できゃーきゃー言うようなギャルサポはいませんでした。
あと、大きな旗を振って応援歌を歌ったり、マフラーを振り回したりするような応援団もいなくて、わりと静かに観戦するんだなあと思っていました。音の出る応援グッズは細長いラッパで、こいつを試合中にプオー、プオーと鳴らすのがいて、なんかすごくヘンだったんですけど、ハーフタイムには売店でこれを買うガキンチョが多くて後半はやたらうるさくなりました。
まあ、なんとなくニュージーランドに肩入れして見ていたのですが、ボールの支配率は高い割にゴールまで持ち込めないっていう(どこかで見たような・・・)何とも不甲斐ない試合ぶりでフラストレーションが高まるばかり。

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2006.08.06

一条が問題だ

大阪で開かれた「天皇制とフェミニズム」という集会に参加してきた。
参加者は40人あまり、若い人もけっこういた。フェミニズムの集会にしては男性も目についた。
2月頃までは、有識者会議の結論から皇室典範を変えて「女帝容認」の動きが濃厚だったのに、たった一人の皇族女性の妊娠ですべてがひっくり返った。「男女平等の観点から」女帝を認める発言をする女性政治家もいたけれども、本質はやはり「安定的な皇位継承」だけにあったことがあきらかに。そんな中で、女性と天皇制をあらためて問い直すという会がもたれたわけだ。

最初のお話は東京の「女性と天皇制研究会」の桜井さん。天皇制そのものが持つ問題と、女性運動のありかたをからめて話された。「天皇制フェミニズム」という言葉が出てきたのには驚いてしまったが、ようするに、戦前の女性運動家が翼賛に走った例を挙げ、今も「少子化対策」や「男女共同参画」といった政策にの名の下に、女性の「権利獲得」要求と体制側の利害が共犯関係を結びやすい状況にあることを指摘されたのだった。

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2006.08.02

クジラの島のアイコ

 『クジラの島の少女』という映画とその原作をこのサイトで取り上げたことがある。
 この6月に、この原作者のウィティ・イヒマエラの講演会が大阪であった。場所は中之島公会堂。奇しくも昨年の6月、池澤さんの講演会があった場所だ。
 今回のイヒマエラの来日は日本向けの観光キャンペーンの一環で、スポンサーはニュージーランド大使館。日本でもけっこう人気のあったこの映画の作者として各地を巡回して講演会が開かれた。大阪での講演会は日本ニュージーランド協会がサポートしており、司会や通訳もそのメンバーらしい大学の英文学系の先生たちがやっていた。東京のほか、青森県の弘前でも講演会があった理由は、『クジラの島の少女』の翻訳者が弘前の大学の先生だったからだろう。
 というわけで、大阪での講演会も、ニュージーランド大使館からの広報で駆けつけた在日ニュージーランド人、イヒマエラファン(?)、英文学系の人が多かったようだ。講演では、ニュージーランド文学、マオリ文学の系譜と、ニュージーランド映画『クジラの島の少女』『ピアノ・レッスン』『父の部屋で(未公開)』の紹介があり、会場に来ていた在日のマオリの女性(彼の”いとこ”だという。しかし、マオリの”いとこ”は、かなり範囲が広く、日本で言う”親戚”くらいをカバーする。それでいて感情としては”きょうだい”くらい近い)とマオリのチャントや歌を披露したり、サービス満点であった。それから質疑応答に入ったのだが、質問のレベルも高かった。しかも流暢な英語で質問する人が多いし。
 『クジラの島の少女』の象徴的なシーン(おじいちゃんの親指を噛むとか、モーターボートのエンジンをかけるときの紐のこととか)について問う質問とその答えには感心させられた。
 また、この作品を書いたきっかけは、自分の娘たちに「君たちは何でもできるんだよ」というメッセージを与えたかったからで、実際に、英語圏だけでなく、中国の女性たち、パレスチナの女性たちからも、この作品を読んで元気づけられたという声を聞いていると答えていた。

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2005.10.05

”いのち”の対話の暴力性

あまり見る気にはなれなかったのだが、資料としてとっておく価値はあるかもしれないと思って 「“いのち”の対話〜妊娠中絶・医師2人の模索」という番組を録画しておいた。

番組紹介ページによると、

厚生労働省研究班の調査で、16歳〜49歳の女性の6人に1人が妊娠中絶を経験、その内の7割が罪悪感を抱いたり、自分を責めていることが明らかになった。こうした女性たちの心に、2人の医師が、対話を通して正面から向き合う病院が埼玉県にある。
 院長の中山政美(まさよし)さんは、分娩室で「貴方が産んでくれた新しい命だ」と母親に声をかけ励ます。そして副院長の鮫島浩二さんは母親学級で、命の尊さを訴える自作の詩を読み聞かせる。2人の語りかけに、女性たちは涙を浮かべ耳を傾ける。
 一方で、2人は辛い現実とも向き合う。年間80人を超える女性が中絶の相談に訪れるのだ。その日のうちに手術を行う産婦人科も多い中、この病院では簡単に中絶をしない。まず鮫島さんが、胎児の将来を思ってほしいと語りかけ、本当に産むことが出来ないのか何度も女性と考える。それでも中絶を選ぶ女性は中山さんと対話を行う。中山さんは相手の男性も呼び何時間もかけて話し合わせる。迷ったまま中絶すれば、女性の心に深い傷を残すことになるからだ。2人の医師との数週間の対話を通し、女性は胎児の命と自らの人生に深く思いを致し最終的な結論を出す。
 “いのち”をめぐって女性たちの心と向き合う、2人の医師の格闘を見つめる。

という内容。

それを再生してみて、やっぱり、直感的に見たくなかったと思ったのは正しかったように思った。
とことん中絶を思いとどまるよう「話し合い」をさせられた上で中絶したら、「罪悪感を抱いたり、自分を責め」たりするのは当たり前ではないだろうか。
医者が「命の尊さを訴える自作の詩を読み聞かせる」ような母親学級には行きたくないものだ。
大人の妊婦だっているのに。

中絶するか、妊娠を継続して出産するか、最終的に決めるのは本人であるべきなのに、ここでは選ぶべき答えが最初から決められていて、医師たちはそれに向けて最大限の努力をする。そして、中絶を選んだ場合、そのうちの一人の医師は手術を拒否しているので、実際に手を下すのはもう一人の方だけだ。
で、中絶拒否の医師は独立して自分の医院を持つことになった。もちろん、そこでは中絶はできない。初めからそういう看板を上げておくべきだろう。まちがって中絶希望者が来て無理矢理生まされないように。

軽い気持ちで中絶を繰り返すのは論外だが、中絶する選択をしたとしても、あとから、やっぱり、あのときの自分の選択は間違いでなかったと思えるようなフォローが必要ではないのか。あるいは、高校に出向いて話をするのはいいが、「セックスにノーと言え」ではなくて、「避妊の実際」を教える時代だろう。モーニングアフターピルについての情報も与えるべきだ。避妊を教えずして、中絶を拒否なんて、どこかの宗教のようである。

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2005.09.20

わが家の淡水魚たち

DSCN0520ひと頃は、夜になるとカエルの大合唱だった田んぼからはコオロギなどの秋の虫の声しかしません。カエルがいなくなったわけではないけど、ちょっとさびしい気がします。
実は、今、わが家には飼いカエルはいません。くりちゃんをはじめ、3匹のアマガエルがいたのですが、8月の終わりに田んぼに返しました。しばらく家を留守にするということと(ものすごく暑くなるマンションの室内に餌もなく置いていくことになります)、それから先も毎日確実にカエルの餌を確保できるかどうかわからなかったからです。
今年は、オタマジャクシから育てたカエル、家にやってきたカエル、子どもが捕まえてきたカタツムリ、勝手に巣を作ったハト、といろいろな生き物と同居してきたのですが、最後に残ったのは、2年前にやってきたカワムツ君だけ。
DSCN0519このたび、また、同じ川に行って、ひとすくい20匹くらいの小魚を捕まえてきました。
動きが速いのでなかなかうまく写真に撮れません。フラッシュをたくと、水槽に反射してしまうし。
というわけで、あんまりよくわからないかもしれませんが、1.5cmくらいから3cmくらいまで、いろんなサイズのがいます。これも同じカワムツかな?何匹生き残るかわからないけれど。

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2005.09.16

森林サイクリング顛末記

FB18月某日。旅の終わりにフォンテーヌブローの森を訪れた。
パリから日帰り旅行をするなら、松井大輔クンのいるル・マンにしようか、池澤夏樹さんの住むフォンテーヌブローにしようかという、いずれにしてもミーハーな二択の結果。
これが、フォンテーヌブローをとりかこむ広大な森の地図。大阪市よりも広いらしい。
そして、その横に立てかけられているのが、フォンテーヌブロー城の前からここまで載ってきたレンタサイクル。
このひろーい森の中で、迷子になってしまったのである。
ようやくこの地図に出会って、ほっとしたのもつかの間、ここがどこなのか、さっぱりわからなーい!
木の幹に打ち付けられた小さな札で「Carrefour de なんたらかんたら(なんたらかんたらの辻)」というような場所らしいことはわかるけれど、その地名が、この地図の上で見つけ出せないんですよ。
赤丸とか矢印で、「現在地はココ」なんていう親切なことは書いてくれないんである!
こんな地図、なんの役に立つんだー!
Fontainebleau_Barbizon私がそこまで頼りにしてきたのは、観光案内所で自転車を貸し出すときにくれたこんな地図。この道をたどって、森の景勝地を訪ねつつ、8km離れたバルビゾンまで行こうというのである。
これを見ると、わかりやすそうな道に見えるがとんでもない。
でも、実際は、クモの巣の如く張り巡らされた森の中の小道のうち、特定のひとつの糸だけを抜き書きしているんだから、一歩、それから逸れたら最後、なんの役にも立たないんである。こんな地図だけを片手に(一応、ネットからも同じ地図をダウンロードしていたので、フォンテーヌブロー行きの電車の中で、辞書を引きながら目を通しては来た)、軽い気持ちで走り始めた私はすぐに、その見通しをくじかれることになる。

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2005.09.14

ラフマージュン

img011フェネルバチェのスタジアムの前から、フェリー乗り場を目指してぶらぶらと歩いているうちにおなかがすいてきた。なにか、おいしそうなものを作っているお店が目について、中に入ってみる。
そこで焼いていたのは、薄いピザのようなラフマージュン。ごく薄い皮の上に、挽肉と香辛料を薄く載せ、ぱりっと焼き上げたもの。
img009店の中では、職人が3人一組で、一人は麺棒で皮を伸ばし、一人は具を薄く伸ばして載せ、竈の前の一人は、それを板に載せて、薪の燃えているかまどに素早く入れる。その素早くリズミカルな身のこなし。よどみない連係プレー。店内で食べる人、持ち帰る人、次々と注文が入り、職人たちは休む間もない。
img010窓辺のテーブルにすわって、注文の品が来るのをじっと待つ。
さあ、熱々のラフマージュンがやってきた。
テーブルの上の容器に入れられたイタリアンパセリに似たパセリを載せ、レモン汁を搾る。
端からちぎって食べるもよし、くるくるっと巻いて食べるもよし、二つ折りでもよし。
飲み物は、塩味のヨーグルトドリンク、アイランがよくあう。

ラフマージュンで検索したら、こんな写真がヒットした。
お店の壁の材質とか、職人さんの着ている服などは違うけど、店の作りや職人の配置がそっくり。
ラフマージュンのお店はこういう風に作るものという常識があるのかもしれない。

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2005.09.13

サッカー雑誌

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例の犬があちこちで寝ころんでいる大学の構内の書籍売り場で。
トルコのサッカー雑誌ってどんなのかなと見てみたら、イスタンブルに本拠を置く3つのクラブそれぞれの雑誌があってびっくり。
日本で言えば、大阪で「ガンバマガジン」「セレッソダイジェスト」を別々に売っているようなものです。
光の反射でちょっと見にくいですが、左からガラタサライ、フェネルバチェ、ベシクタシュ。
本に透明カバーが掛けられているので、立ち読みできません。
その後、フェネルバチェのスタジアムのあるカドゥキョイという街に行くと、街のあちこちにチームカラーのブルーと黄色の旗が垂れ下がっていました。
スタジアムの前では、試合の日でもないのに各チームのユニフォームのレプリカや旗を売る露店が出ていました。
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