キリマンジャロの雪
映画評では必ず「ヘミングウェイの小説とは何の関係もありません」という但し書きがつく。
この映画の中でも何度か流れる「キリマンジャロの雪」という歌からきた題名であると。
マルセイユの造船所でリストラが行われることになり、労働組合は「もっとも公平な方法」と、くじ引きで20人を選ぶ。
皮肉なことに、組合の委員長のミシェルもそのくじに当たり、解雇対象になってしまう。
委員長の権限で自分の名前をくじから外す、というようなことはしたくなかったのだ。
妻のマリ・クレールに「外に食べに行こう」と言えば、「宝くじにでも当たったたの?」「そんなところだ」
実は自分のくじを引いて、クビになったと告げると、彼女はにっこり笑って「英雄と暮らすのは疲れるわ」。
マリ・クレールのかわいさと裡に秘めた強靱さが次第に見えてくる。
子どもたちや孫、同じように解雇された元同僚たちも招いた結婚30周年のパーティで、孫たちの「キリマンジャロの雪」の歌で祝福され、子どもたちから「タンザニアのサファリツアー」=キリマンジャロへの旅行チケットを贈られる。
「英語を勉強しておいた方がいい」というマリ・クレールに対し、
「英語は植民地の支配者の言語だ。習うなら現地語のスワヒリ語」と答えるミシェル。
マリ・クレールの実妹のドゥニーズ、ミシェルの幼なじみであり、職場での同僚でもあったラウルの夫婦を招いてブリッジを楽しんでいた夜、二人組の強盗が押し入り、楽しみにしていた旅行チケット、現金、カードなどが奪われる。
犯人は、ミシェルと同時にくじ引きで解雇された青年、クリストフ。
クリストフには幼い異父弟が二人あり、育児放棄の母に代わって、生計を担っていた。
盗み取った金はすぐに滞納していた家賃や友だちからの借金返済に消える。
弟たちに週に一度だけハンバーガーを食べさせられるという質素な暮らしは代わらない。
ひょんなことからミシェルは犯人がクリストフであることを知り、警察に通報、クリストフは逮捕される。
警察でクリストフに面会したミシェルは、「組合委員長という特権階級に居座っている人間に、
失業手当も出ないような自分の境遇は理解できるはずはない。組合員から吸い上げた組合費でいい思いをしてきただろう」
とののしられて、思わず殴ってしまう。
しかし、クリストフの言葉に侮辱を感じつつも、自分が組合委員長としておこなった「くじ引きによるリストラ」が本当に唯一の解決策だったのかどうか、自問するようにもなる。
一方、強盗の襲撃のPTSDに苦しむドゥニーズを見ているラウルは、クリストフへの憎悪を募らせずにはいられない。
クリストフの刑期が長期にわたることを知り、幼い弟たちの境遇に心を痛めるマリ・クレールは、訪問介護の仕事の合間に彼らの世話を始める。
クリストフの共犯者も逮捕され、その家から見つかったチケットはミシェルに返還されるが、ミシェルはある決意をしてチケットをキャンセルし、現金に換える。
海辺でミシェルに出会ったマリ・クレールは「今まで、この子たちの面倒を見ていることをあなたに言わなかったのは、あなたは賛成すると思っていたからよ」と、意表を突くことを言う。
夫が正義漢すぎて、クビになったときも、楽しみにしていた旅行チケットをキャンセルして現金化してきたときも、グチ一つこぼさず、夫を支えるマリ・クレール。彼女の健気さがこの映画のハイライトではないかとすら思える。
夫婦、家族、労働の権利、正義、いろいろなことが、マルセイユの明るい海と空のもとで描かれる。
海の向こうはアフリカ大陸、同じ工場で働く仲間にはアルジェリアなどの出身なのだろう、アラブ系の名前を持つ人たちも多く。ビストロのバーテンダーが「人生に悩んでいる」というマリ・クレールにすすめるのは、メタクサというギリシャの強い酒だったり。結末はちょっと「サン・ジャックへの道」のエピソードも思い出させる。人生のほろ苦さとじんわりとくる暖かさと。フランス映画のよさを堪能。
追記
ここまで書いた後で映画の公式サイトでキャストを見てびっくり。
ミシェルを演じたジャン・ピエール・ダルッサンは、「サン・ジャックへの道」にも出ていた上に、「ル・アーブルの靴磨き」ではモネ警視役だったとは。
「ル・アーブル」もフランスの港町の中高年夫婦の話だったなあと思い出していたところだった。
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