« 天空の草原のナンサ | トップページ | 僕が9歳だったころ »

2006.02.17

ニワトリはハダシだ

森崎東監督の「生きてるうちが花なのよ 死んだらそれまでよ党宣言」(1985)を見たのはいつだったのだろう。何でも、完成してから2年間お蔵入りだったということなので、87年頃だったのだろうか。
とにかく、今までに見たことのない破天荒なエネルギーに溢れた映画だった。日本海沿岸の原発銀座、ドサ回りのストリッパー(倍賞美津子)に、原発ジプシーと呼ばれる3K労働者(原田芳雄)が出てきて、反権力のメッセージをプンプンさせていた、ストーリーは全然覚えていないのに、その雰囲気の記憶だけが鮮明にある。ヘンなものを見てしまったというか、大変なものを見てしまったというか、強烈な印象を残したことだけは確かだ。現在、レンタルビデオにもDVDにもなっていないそうなので、見た人はあまり多くないのかもしれないけど。

本作は、まさにその延長上にある作品。

舞台はまたも日本海沿岸で、今度は舞鶴。原発も重要なシーンに出てくる。メインキャストは同じ原田芳雄に倍賞美津子。今回の役柄は原田は潜水士という3K労働者で、別居中の妻、倍賞美津子は在日二世。在日一世の母を演じるのは李麗仙。そして二人の子どものうち、上の男の子は自閉症の障害を持ち、養護学校に通うという設定。
そこに、ヤクザと癒着した警察の犯罪がからむ。養護学校の女性教諭とその父で警察エリートの対立。息子の自立のために、潜水の技術を仕込もうとする父。
今回もまた、マイノリティの視点に立って、権力と戦うという構図は明確なのですが、好き嫌いが分かれる映画だろうなあ。
私自身、そのテーマ性自体は嫌いではないんだが、作品としては、ちょっと好みとずれるんだな。映画って、もっとわかりにくくてもいいと思うんだよね。後から、あれ、あのシーンの意味はなんだったんだろうと考えさせたり、言葉にせずに間接的に描くという技法もあると思うのだ。だけど、森崎監督は無知な観客にいろいろ親切に説明したくなっちゃう人なんだろうね。李麗仙が在日として日本にいる理由は、舞鶴港を出た引き揚げ船浮島丸が原因不明の爆発で沈没し、命からがら生き残ったのだとか、養護学校を出た障害児の自立を支援するために共同作業所を作る必要があるんだとか、そういうことを登場人物に語らせすぎるのよ。
権力の巨悪を弱者が暴くというのは、たしかにカタルシスを与えると思うんだけど、でも、弱者がかっこよすぎてもまた白けるのだ。そんなにうまくいくなんて現実にはありえないもん。まあ、何も考えずに単純なエンターテインメントとして楽しむべきなんだろうけど、それには饒舌な社会派メッセージが邪魔するんだよなあ。
というわけで、考え過ぎちゃう私には評価の難しい映画であった。

|

« 天空の草原のナンサ | トップページ | 僕が9歳だったころ »

cinema」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 天空の草原のナンサ | トップページ | 僕が9歳だったころ »