リヴァイアサン
聖書に出てくる怪物の名前、そして1651年に書かれたホッブスの国家についての著書のタイトル、さらに猪口孝らが始めた国際政治学の雑誌のタイトルもこれだったのではないかと思う。
私が読んだのは、1999年に翻訳出版されたアメリカの作家ポール・オースターの小説の『リヴァイアサン』。
なんでこの本を買ったかというと、複数の書評(その中には池澤氏のも含まれていたかも)で絶賛されていたからで、なんで今まで読まなかったかというと、買った当時、最初の1ページを読んで、それほど食指が動かなかったから。それなのに、なんで読む気になったかというと、急に読み物が必要になって、未読の本の山の中でたまたま目についたというだけ。でも、夫にポール・オースターの本を読んだといったら、「そりゃまた、病院の待合室で読むには陰鬱な選択だったね」と言われてしまったが、まさにそのとおりだった。夫が読んだことのあるのは別の話だったようだけれど。病床にあって読み物に飢えている人に「何を読んでいるの」と問われて「暗い話」と言ったらそれ以上は聞かれなかった。私も病人に薦めたいとは思わないからそれ以上言わなかったんだけど。
私が以前、読むのをやめてしまった最初の1ページ目は、主人公が、ある男の手製の爆弾による事故死を告げる新聞記事を読むところから始まる。死んだ男は、語り手の長年にわたる友人だった。まだ身元のわからないその男をなぜ、友人のサックスであると確信するのか、そして、サックスはいかにしてそのような死に至ったのかを、語り手とサックスとの出会いに遡って、その交友やさまざまな事件の追憶を織り交ぜて語ったというのがそのあらすじ。
語り手のピーター・エアロンとその友人ベン・サックスは、それなりの地位を築いた中年の作家で、作風も執筆のスタイルもまったく違うけれど、お互いに相手の資質を認め、刺激しあう親友だった。この二人とそれぞれの妻、友人、そのまた友人などが奇妙なところで出会ったり、つながったりして、サックスの運命が破滅へと導かれる。
爆死の直前、サックスはピーターを訪れ、自分が世間を騒がしている「自由の怪人」であることを打ち明ける。「自由の怪人」とは、合衆国のあちこちにある自由の女神像の複製を爆破しては犯行声明を出している犯人に与えられたあだ名だ。この「自由の怪人」の造形は、ひところ、アメリカで確信犯として連続爆破事件を起こしていたユナ・ボマーを思い起こさせる。しかし、解説によれば、ユナ・ボマーの登場よりも前にこの作品は書かれたそうだ。
ベトナム戦争時の徴兵拒否に始まり、サックスは常に国家と個人のありようを考え続けた作家といえるだろう。そして、レーガン時代のまっさなかに、自由の女神像の爆破という形で現在の国家を告発するようになる。そして、クリントンのアメリカを見ずに死んでしまったことになるわけだが、ブッシュの、あるいは9.11以後のアメリカを見ていたら、もっと深い絶望に襲われて、もっと過激な行動に出ていたのかもしれない。
最重要人物の悲惨な最期で始まる物語であるが、個性的な登場人物たちがひきおこす予想もつかないストーリーの展開には、つい引き込まれてしまう。そう、いったん読み始めたら最後まで引っ張る力のある話なのだ。
実際には、まるでテレビの連続メロドラマ並みに、偶然の出会いとか巡り会わせが多すぎるよっと思うところもなきにしもあらずなのだが、それにも実にうまい言い訳が用意してある。サックスの作品の一部として取り上げられている「実在の人物による実際にあった奇妙な偶然の出会いの例」の羅列。そういう例がいくつも出されながら語られると、この本の主人公たちが出会う偶然もまた、ありそうなことと思わされるわけだ。
私はアメリカの現代小説をほとんど読むことがない。だいたい、小説を読むのがあまり好きじゃないのと、アメリカ人にそれほど深い共感も憧れも感じてないからじゃないかと思う。佐藤良明と柴田元幸のエッセイを読んで以来、この二人の訳したものなら面白いかもと思ったことはあるんだけど、そしてオースターの本は本書も含めて、ほとんど柴田元幸が訳しているんだけど、やっぱり、私がアメリカ文学の最良の友となるのは、難しいかもしれないな。
ここまで書き上げて、一回保存してから、『風がページを・・・』の117ページを開いて、池澤氏の書評を読む。そうなんだ、彼が言うように問題は偶然の出会いの使い方、ないしその回数。1回目はいい。しかし、2回も使うのはやっぱり小説としてルール違反ではないのか、と。私の数え方によれば、2回にとどまらないくらいの偶然が使われていると思うけどね、この小説。そう、韓流純愛ドラマや、真珠夫人(古いか)や、薔薇と牡丹だっけ、そういった昼ドラも顔負けなほどに。でも、ゼッタイにオススメなほど面白いと池澤さんは推すんだけど、そうか、それで私は買ったのかな、この本を。



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