2011.10.19

あいつの声

パク・チンピョ監督2007年の作品。
 韓国で1990年代に実際に起こった未解決の営利誘拐殺人事件に基づいた社会派ドラマ。
 9歳の少年が誘拐され、身代金を要求する脅迫電話が両親にかかってくる。87回にもわたる脅迫電話、2億ウォンの現金の授受が行われたにもかかわらず、警察は手も足も出ず、犯人はわからずじまい。被害者の少年は無残な遺体となって発見されたという悲惨な事件は、その後、未解決のまま時効を迎えてしまう。
 映画は被害者の両親の設定を人気ニュースキャスターとその妻とし、そのキャスターをソル・ギョング、妻をキム・ナムジュが演じている。
 救いのない悲劇であるという事件の結果を知っていて見る2時間はつらく、何一つ効果的な手を打つことのできない被害者側の身になるともどかしいことこの上ない。90年代の科学捜査とはこの程度だったのかとも思うが、捜査に当たる刑事たちの愚鈍さを強調したような描き方だったりする。こんな事件を題材に、どこにクライマックスを持ってくるのだろうかと思っていたら、それはエンディングの直前のキャスターの慟哭の独白にあった。この熱演のために、主人公の設定をキャスターにし、ソル・ギョングがキャスティングされたのだといっても過言ではない。やつれて頬がこけた感じを出すために、何日か絶食して撮影に臨んだという。このシーン、このセリフに監督の全ての思いが込められていると思った。この映画では、捜査班の刑事役に個性的な俳優が多数出演。パク・チンピョ監督の「私の愛、私のそばに」に出ていた人も多い。でも、刑事としては失笑を買うような無能な人たちばかりで、重苦しいこの映画の中でコメディ部門を一手に引き受けていた。これでは、韓国の国民はますます警察なんか頼りにならないと思うのではないか。
 エンディングには、実際の事件での犯人の声、捜査時の指名手配の似顔絵、被害者の少年の納骨堂の映像と、事件の経緯についての字幕が流れる。時効となってしまったが、それでも、いままだどこかにいるに違いない犯人を捜し出してやるという意思に満ちた映画であり、被害者とその家族だけでなく、国民全体がこの事件に対する怒り、悲しみを忘れはしないという鎮魂と告発の映画なのだった。
 韓国では、こういった実際にあった凶悪犯罪を映画化することが続いているようで、昨年は、やはり子どもが犠牲になり、未解決の「カエル少年事件」をもとに「子どもたち」という映画が作られた。また、現在、韓国で上映中の「るつぼ」という映画も、実際にあった聾学校での教師の性的虐待事件が元になっている(原作者は「サイの角のようにひとり行け」のコン・ジヨン)。「あいつの声」も200万人動員のヒット作、今回の「るつぼ」も公開直後に100万を超える大ヒットというが、こういう映画が100万人以上の観客を動員するというのは、日本ではあまり考えられないのではないかな。

| | コメント (0)

2011.08.25

風吹くよき日

1980年の韓国映画。 6月からリバイバル上映が始まり、ようやく、高槻で見ることができた。

 田舎から近代化の槌音響くソウルに出てきた青年3人。中華料理店の出前持ちのトッペ、理髪店の下働きチュンシク、ホテルの使い走りキルナム。いかにも垢抜けず、やることもぱっとしない彼ら。それぞれに思いを寄せる女性もいるがままならぬ。チュンシクの恋するミス・ユは成金男の愛人になってしまうし、キルナムは預けた金を女に持ち逃げされるし、トッペは偶然であった金持ちのお嬢さんに翻弄される。
 彼らの周囲で起こる出来事も、都会で出稼ぎする夫を故郷から妻が連れ戻しに来たり、兄を頼ってきた妹が工場で働き始めたりと、当時の世相そのままのようなエピソード。地方出身者を見下す都会の若者、成金不動産業者と急激な開発に押しつぶされる庶民などが、淡々と描かれる。

 でも、この映画の作られた時代背景を知ると、こんな何のへんてつもないリアリズム映画が喝采を持って迎えられたこと、そして、今もみずみずしさを保っているわけがわかる気がする。

 70年代の朴政権下では、映画の制作にも制約が大きく、ある事件との関連から映画制作が禁じられていたイ・ジャンホ監督にとって本作は、1979年の朴大統領殺害事件後の復帰第一作。
 これまでにないリアリズム映画が、変わりゆく韓国社会を象徴する作品として、広く受け止められたのだろう。
 主演のアン・ソンギも若いし、どことなく田舎くささの残るソウルの町にすら、これから成長を遂げようとする若々しいエネルギーを感じる。切なく、つらく、報われないことも多いけど、明日に向けてがんばるぞ、という。

 パンフレットによると、理髪店の下働きチュンシクを演じたイ・ヨンホは、イ・ジャンホ監督の実弟。ホテルの使い走りキルナム役のキム・ソンチャンは、1999年にまだ40代の若さでなくなっている。アン・ソンギは、ボクシング修行をする青年役だが、鍛え抜かれた上半身と、ディスコでのしなやかな身のこなしに目を見張る。

 田舎から出てきたチュンシクの妹が女工として働き始めるところなど、申京淑の小説『離れ部屋』の世界と重なった。

| | コメント (0)

2011.04.29

坡州(パジュ)

2009年の釜山国際映画祭でNETPAC賞を受賞した作品。女性監督パク・チャノクの長編2作目。
「ミステリー+愛憎」みたいな話かと思ったら、だいぶ違った。
ストーリーもミステリー仕立てといえないこともないけど、語り口そのものが謎めいている。

3年ぶりにインドから帰国したウンモ(ソ・ウ)は、亡き姉の夫、ジュンシク(イ・ソンギュ)に再会する。 ジュンシクは、ウンモの親友、ミエの一家の住む団地の再開発反対運動を率いる運動家になっていた。

ウンモの姉のウンスは、ジュンシクと結婚した後、事故死。
ウンモは、自分が姉の残した保険金の受取人になっていることを知らされる。ジュンシクが保険金の受け取り人をウンモに書き換えた、つまり、ジュンシクが自分に保険金を譲ったという事実を知り、姉の死の真相を探り始める。しかし、どうしてもわからないまま、開発の手は実家の敷地周辺にも及ぶ。

7年前、学生運動をしていたジュンシクは実家のあるパジュに戻り、学習塾を始めた。そして、塾の生徒の一人、ウンモの姉のウンスと結婚する。 しかし、その直後、ウンスは事故死。唯一の肉親を失ったウンモは、ジュンシクと二人暮らしになる。
ウンモの大学進学を控えたある日、ジュンシクは脱北者支援運動に参加していたことが当局に発覚し、拘留される。
ウンモはジュンシクを留置場に見舞った後、彼が用意しておいてくれた大学の入学金で衝動的にインドに旅立ったのだ。自分で自分の迷いに一つの区切りをつけるために。ところが、帰国して、また姉の死の疑惑にとらわれ、苦悩は続く。

そんな筋立てが、現在と、7年前、6年前、3年前とを行ったり来たりしつつ語られるので、観ている方はとっても混乱してしまう。ついていくのに必死。

» 続きを読む

| | コメント (0)

2011.04.09

モンガに散る

原題は「モンガ」。現地での発音は、マンガに近いらしい。ニウ・チェンザー監督作品。台湾では「海角七号」に次ぐ史上第二位の観客動員数を記録したという。ただ、題材が「極道の青春」だからなあ。韓国映画の「友よ・チング」も、傑作と聞いてテレビ放映を見始めたものの、最初の数分でリタイアしたことのある私。「傑作」という評判と「苦手なジャンル」の間で揺れ動く。滅多に見られない台湾映画ということで、意を決して上映館へ。
 高校生というには、老けすぎだろ!と言いたくなるような主人公たち(俳優の実年齢はみな20代後半だ)なんだが、とにかく、最初は高校生活の中でのチンピラのカツアゲとかケンカで幕を上げる。あー、あー、あー、やっぱり苦手かも、と思った瞬間、橋の下でのケンカシーンが、やけにスタイリッシュで、一気に引き込まれる。でも、このアクションシーンの指導には「オールド・ボーイ」で演技指導をした韓国人を呼んできたそうなんだけど。
 台北の古い繁華街の狭い路地を走り抜けながらの障害物競走さながらの乱闘は、この映画の前半の見せ場。高校生チンピラは刃物も飛び道具も使わずに素手で殴り合うだけだし、いかにもなCGも使ってるから、ある程度安心して見られて、むしろ爽快なのかも。
 後半、だんだん本物のヤクザの縄張り争いとか、大陸モンがシマを乗っ取りに来るとか、ダークな展開になっていきますが、この疾走感はずっと続く。お話は定石通りかもしれないけれど、練られた脚本で、香港ノワールとも、これまでの台湾映画とも違うものを目ざしたというその目的は達成されているかな。

» 続きを読む

| | コメント (0)

2011.03.28

花を売る乙女

北朝鮮映画。1972年。北朝鮮の国民的映画といわれている作品らしい。
 タイトルだけは知っていたし、なんだか見たことがあるような気がしていたのは、「小さな中国のお針子」の中でこの映画を上映するシーンがあったからだ。
 美しい歌声と共に街角で花を売る娘のシーンで始まる。もともとミュージカルとして作られた作品を映画化したということで、歌がひんぱんに使われている。
 時代は日帝下の1930年。貧しい小作農の家庭に生まれた娘、コップニ。父は亡く、母は病を押して地主の家で下働き。ひもじさに地主の家の縁側に干してあったナツメの実を取ろうとした妹スンヒは、起こった地主の妻に熱湯を浴びせられて失明。その夜に起こった火事の放火犯と見なされた兄は逮捕されて遠方の地に送られる。コップニは母に薬を買おうと、山のツツジなどを取ってきて町で売るがなかなか売れない。
 娘のコップニにだけは下女をやらせたくないという一心で身を粉にして働く母と、母の病を治してやりたい一心で花を売って金を作ろうとするコップニ。力尽きて母は死に、コップニは妹を隣家に預けて兄を訪ねていく。しかし、兄はすでに死んだといわれ、帰途につく。その間に地主の妻は幽霊の幻を見てうなされるようになり、その原因は、コップニを思って泣くスンヒに母親の霊がのりうつったせいだとして、番頭に命じてスンヒを亡き者にしようとする。番頭はスンヒを雪山の中に捨てる。コップニは九死に一生を得て家に帰り着くが、スンヒが地主のせいで行方不明になったことを知り、怒りのあまり地主の家に乗り込み、逆に縄をかけられ、閉じ込められてしまう。
 一方、死んだと思われていた兄、チョルヨンは、獄を抜け出して革命軍に参加していた。仲間と共に、自宅に戻る途中で、山小屋を訪ね、猟師が山でスンヒを保護していたことを知る。スンヒを連れて帰ってきたチョルヨンは、コップニが地主にとらえられたことを知る。悪いのは日帝と日帝に操られている地主層。同じ村の百姓たちに祖国を取り戻すための革命を説き、地主の家に乗り込んでコップニを取り戻す。
 ふたたび、町で花を売るようになったコップニ。花束には革命を説いた文書が添えられている。村人たちもチョルヨンについて革命を学ぶ。明るい山野を手に手を取って歩むチョルヨン、コップニ、スンヒの三きょうだい。重々しいナレーションと共に幕を閉じる。

» 続きを読む

| | コメント (0)

2011.03.21

黒く濁る村

カン・ウソン監督の2010年作品。出演はパク・ヘイル、チョン・ジェヨン、ユ・ヘジンら。原作は、韓国のウェブマンガ「이끼(苔)」。ウェブマンガのサイトは、こちら
 韓国での公開からほんの数ヶ月という異例の速さで日本でも公開。「八つ墓村」風ホラーサスペンスという触れ込みで、あまり見る気になれなかった(怖い映画は嫌い)。その後、韓国映画をいろいろ見るようになったので、映画の描く社会的な側面が面白いかもと思い、恐る恐る見に行った。

 長い間音信不通だった父の死を告げる電話を受けて、父の住んでいた辺鄙な村に向かうユ・ヘグク。父の死因もはっきりしない上、村長をはじめ、村人たちのあからさまに迷惑そうな態度に疑念を抱く。葬式後もしばらく村に滞在することにし、村の雑貨屋の空き部屋に仮住まいする。雑貨屋の女主人を訪ねてくる村長の取り巻きの男たち。父の住んでいた家には秘密の抜け道があり、その男たちのうちの一人の家と地下道でつながっていた。高台の豪邸に住む村長は、表面的にはヘグクに親しげにするが、腹の底では何を思っているのかはわからない。
 父の資産を調査するにつれ、土地の所有権の移転が行われていたこと、銀行から預金が引き出されていたことなどを知り、ヘグクは村長について調べ始めると同時に、かつて、彼が左遷に追い込んだことのある旧知のパク・ミヌク検事に援助を頼む。
 村長の取り巻きのひと癖もふた癖もある男たちは、ヘグクを亡き者にしようとするが、一人、また一人と何かに呪われたかのように怪死する。やがて、ヘグクの父、村長、その取り巻きの男たち、雑貨店の女主人の関わった30年前のある事件が全貌をあらわす。

» 続きを読む

| | コメント (0)

2011.03.20

義兄弟

 チャン・フン監督の2010年作品。主演はソン・ガンホとカン・ドンウォン。どういうお話なのかはよくしらず、単にソン・ガンホが見たくて見ました。
 ひと言で言ってしまうと、南のスパイ捜査官、北の工作員のそれぞれが組織から切り捨てられてはぐれものになり、立場の違いを超えて一見、親密な関係を結ぶが・・・、という話。
 この南北対立と工作員、国家情報員の攻防みたいなハードな枠組みと、はぐれ者同士が、お互いの思惑を隠しつつ近づき、心を通わせるというソフトな部分との噛み合わせはあまりうまく行っているとは思えず、どっちつかずの印象を受けた。しかも、終盤、激しい攻防となり、死闘を繰り広げ、双方とも重傷を負ったと思えるのに、難なく元気に蘇生、するだけじゃなく、最後の最後のオマケのシーンには確かに笑いを誘われたけれど、映画としてのクォリティーをがくりと下げたのも事実。なんじゃ、これ?まあ、北がらみなだけに、こういうオマケでもなかったら、落としどころに困る話だったろうけど。
 なんか、ゆるゆるのアクション映画だったという印象。それでも本国で大ヒット、日本でもそれなりの観客を集めたのは、ひとえに俳優の人気と実力だろうか。
(以下、ネタバレ)

» 続きを読む

| | コメント (0)

2011.03.10

アンニョン!君の名は

 原題「Guan Muen Ho」英語タイトル「Hello! Stranger」パンジョン・ピサンタナクーン監督(2010)130分。出演:チャンタウィット・タナセーウィー、ヌンティダー・ソーポン。
 日本ではなかなか上映されることのないタイ映画。昨年、大ヒットしたというロマンチックコメディ。
 タイ映画ですが、舞台は韓国。なぜ、韓国かというと、タイでも韓流ドラマは大流行で、ドラマのロケ地めぐりツアーが人気。韓流ファンの一人旅の女性と、友人たちの企みでロケ地めぐりツアーに送り込まれてしまった男性が、同じ飛行機でバンコクからソウルに到着。
 彼女は、韓国にいるメル友のミンアの結婚式に出るのが主目的だけれど、韓流に理解を示さなず、嫉妬深い彼氏には「女友達との二人旅」とウソをつき、一人楽しく韓流ドラマの名所めぐりに精を出す。「コーヒープリンス一号店」を訪ね、冬ソナで有名な並木道でペ・ヨンジュンの像に頬を寄せる。人気パフォーマンスの「Jump」公演も。一方、彼はそもそも韓国に何の関心もなく、韓国語どころか、英語もろくろく話せない。ツアー一日目の「チャングム」のテーマパークもうろうろするだけ、二日目は雪岳山に向かうツアーバスに乗り損ね、どうすることも出来ないところを、たまたま出会ったタイ人の彼女に頼ることになる。
 彼にとっては生まれて初めての海外旅行で、ソウルのホテルのシャワートイレに驚き、犬肉鍋にショックを受け、活けダコの躍り食いに挑戦!
 彼女は、あこがれの韓流の本場に来て、準備万端、調べ尽くした名所に一人でどんどん出かけていく行動派。
 彼の体験が、ある意味、ステレオタイプ化された「韓国異文化体験」なら、彼女の行動も、韓流ブームを体験している多くの国の観客に共通の感覚を呼び起こさずにはおかない。まあ、日本では、ペ・ヨンジュンのファンは中高年ということになっていて、若い女の子に人気のあるのはもっと若いアイドル俳優たちなのだろうけれど。あまり韓国ドラマを見ない私も「冬ソナ」だけは見たことがあるので、スキー場とか、並木道には見覚えがあり、楽しかった。「チャングム」のテーマパークや、「コーヒープリンス一号店」以外にもいろいろ韓国ドラマネタが仕込んであったようだ。ドラマファンの人が見たら、もっと楽しめたはず。

» 続きを読む

| | コメント (0)

2011.02.23

わが心のオルガン

 最寄りの映画館で開催していた「イ・ビョンホン」特集の中から「これ」と思って選んだ一本。 私にとっては初イ・ビョンホン作品です。

 時は1963年。ソウルから江原道の寒村の小学校に赴任してきた21歳の新任教師、カン。
カンに小学校への道を尋ねられたホンヨンは、生まれて初めて「アガッシ(お嬢さん)」と声を掛けられて舞い上がる。
 ホンヨンは、3人の弟の子守をさせられ、遅れて就学、17歳の小学5年生。担任となったカン先生への思いを宿題の日記に綴る。一方、カン先生は同僚のヤン先生に恋をしている。
筋書きは他愛ないのですが、1960年代の農村の学校風景を再現した映像、素朴な人びとの描き方など、これでもかとノスタルジーを刺激する作りは、心憎いばかり。さらに、当時の都会の若者にとってはあこがれであったアメリカ音楽。それぞれのシーンでの音楽の使い方も絶妙で、カン先生とヤン先生が貸し借りするコニー・フランシスのLPが重要な小道具となっている。すでに20代の後半になっていたはずのイ・ビョンホンが21歳の素朴な青年を自然な演技で好演。
 そして、この映画で特筆すべきはやっぱりチョン・ドヨン。 当時26歳で、17歳の小学生を演じているのだが、完全に小学生になりきっている。17歳どころか、その幼い行動は15歳くらいにしか見えない。
 だるまストーブの回りの金網。ストーブの上にのっけたアルミの弁当箱。ドアを開けると黒板消しが落ちてくるいたずら。便所の壁の落書き。運動会の大玉転がしに綱引き。紅葉の山の遠足。日本人にも見覚えのある光景の数々。現実にはもっと悲惨だったり汚かったりしたのかもしれないのだけれど、こういった映像を通してみる過去はなんとも甘く懐かしい。
 韓国映画の中の学校では、ごく最近の学校を描いたものでさえも、教師が生徒に体罰としてものすごい暴力を振るう例が目につくのだが、この映画では暴力は最小限に抑えられ、しかも新任教師に「子どもたちを人間として扱うべき」とまで言わせているところもあってびっくり。そんなところも「理想化され過去」なのかもしれない。
(以下、ネタバレあり)

» 続きを読む

| | コメント (0)

2011.02.22

ハーモニー

女子刑務所内に作られた受刑者たちの合唱団の物語。
それぞれ何らかの犯罪を犯したという暗い過去をもつ受刑者たち。DV夫から、おなかの子を守ろうとして死に至らしめてしまったジョンへは刑務所内で息子ミヌを出産。ミヌはジョンへと同房の元音大教授、元プロレスラー、元クラブ歌手にも助けられてすくすく育つ。刑務所に訪れた合唱団の歌声に感動し、受刑者たちの合唱団の結成を決意するジョンへ。はじめはバラバラでいがみ合うことの多かった受刑者たちが合唱を通じて打ち解け始める。それぞれの受刑者の過去にまつわるサイドストーリーが絡み合って、ストーリー自体も見事なハーモニーを醸し出す。
とにかくこの映画がうまいのは、実在する「女子刑務所内の合唱団」と「受刑者が刑務所内で出産した場合、18ヶ月以内に養子に出さなくてはならない」という法律の二つをモチーフに、いくつものストーリーの山場を作り上げたこと。
最初は、言い出しっぺのジョンへ自身がとんでもない音痴で、ジョンへが唱うとミヌが泣き出すという設定で笑わせる。ミヌ役の子がともかく可愛くて、それが後の別れへの伏線にもなる。
女性の刑務官とその上司たちの締め付け、どんどん歌がうまくなる受刑者たち。
刑務所の外での晴れの舞台での公演とトラブル。そして、5年後のコンサートでの意外な出会い。
政治によって左右される死刑執行など・・・。

ジョンへ役のキム・ユンジン、この人を見るのは「燃ゆる月」以来ですが、コメディタッチの部分も含め、とても生き生きとしていました。元音大教授役のナ・ムニは、さすが、貫禄ありました。
影のあるソプラノ少女、ユミは、どこかで見た顔、と思ったら、「TSUNAMI」でイ・ミンギを振り回す横暴女ヒミをやっていたカン・イェウォンでした。
元プロレスラー役のパク・ジュンミョン、私は何と「天日干し唐辛子を作る」というセミ・ドキュメンタリー映画で見ているのですが、あの時の演技もうまかった。

» 続きを読む

| | コメント (0)

«ディープ・ブルー・ナイト